川口社長のメッセージ

社長メッセージ
萬代特殊合板株式会社、代表取締役社長の川口恭弘と申します。
この度は、弊社ホームページをご覧いただきありがとうございます。
弊社は、創業以来「ものづくり」にこだわり、
生産に特化して建築資材の製造・加工を行ってきました。

今後の国内では人口の減少により、市場が縮小していく厳しい環境が予想されますが、弊社では中小企業の特性を生かし、この時代に合わせて常に変化していくことにより、国内での「ものづくり」において、必要とされ続ける企業でありたいと考えております。

弊社で、お手伝いできそうなことがありましたら、どんなことでもお気軽にお声がけ頂ければと思っております。
また、「ものづくり」を通じて、私共と一緒に真剣に考え、取り組んで頂ける意欲ある方々も常に募集しております。会社の飛躍に挑む今、頼もしいメンバーの参加を期待しております。

会社の飛躍に挑む今、頼もしいメンバーの参加を期待しております。

元フジテレビプロデューサー王さんとの対談


王様×川口社長 全編

王  本日は宜しくお願いします。まず私の自己紹介から。
王といいます。自己紹介だけで5分くらいかかってしまうんですけど。

川口 (笑)

王  萬代さんの業種とは全く異業種だと思いますけど、メディア関係のプロデューサーをやっています。ただし、モノづくり、コトづくりに関しては40年以上やってきてますので、作っているモノとかコトとかに関しては全然種類は違うと思いますけども、なんとなくそういう部分に関しては共通点があるのかな、という風に思っております。で、川口社長は、会社の紹介もあるんですが、まず学生の頃、どんな学生だったんですか? 一橋でしたよね、大学は確か。

川口 そうです、スポーツ好きだったんで、バスケットをやってたんですけど、結構運動を一生懸命やってましたね。
まぁ、勉強よりも運動の方に力を入れててました、私は商学部だったんですけど、大学の性質上、経済というか、もともと家業、オーナー企業で、こういった商売というか会社経営を父親の前、先代の祖父からやってますので。で、小さい頃からそういう所で育ってるものですから、自分でもやっぱり将来的にそういった会社の経営面とか運営に携わりたい、という気持ちがやっぱりずっとあって、まぁ、そういう学校を選んでいったという部分もあるんです。勉強面でもそういったところには、最初から興味があって、自ずと力は入れてやってました。

王  商学部だったんですか?

川口 商学部です。

王  私も実は商学部なんです。

川口 あ、そうなんですか(笑)

王  大学は商学部なんですけど、全くジャンルの違う世界に入って行ってしまったのですけどね。なので、当時いわゆる公認会計士の試験とかね、狙いましたよ。

川口 私も一時期考えたことあります。

王  ああそうですか。ただあれは、実務が2年要るんですよね。

川口 そうですね。

王  それで諦めたんです。

川口 そうですね。

王  ということは会社は二代目、ということですか?

川口 いや、正確に言うと五代目になります。創業は私の祖父、じいさんになるんですけど、祖父が創業から10年くらいしたところで、若くして、ちょうど私の今の年齢くらいなんですけど、交通事故で急逝しまして。
当時そこでガタガタして、もう亡くなりましたけど私の祖母、祖父から見ると妻ですね、が仕方なく一旦会社を継いで。周りのサポートを受けながらやって。その後叔父が一旦バトンタッチをして、私の父親、そして私と継いできてるんです。
五代目なんですね。まぁ72年目ですか。

王  創立して70年?

川口 70年は越しました。1947年が創業なので、そこからすると72年目ですね。

王  なるほど。戦後すぐですね。

川口 戦後すぐ、ということですね。
私の祖父が・・・私は直接当然会ってませんが、私の父が中1のときに他界しました。まぁ、戦中から木材と関わって個人的になにかやっておったらしいのですね。で、戦争にも関わって戻ってきた後にやっぱり自分でなにかやろうということで、昭和22年ですか、1947年、戦後すぐですけど、木材を使った加工をやりだしたのが発祥、名古屋の堀川というところです。
当時、岐阜の高山、飛騨の方から材木を引っ張ってきて、なにか加工して、一番最初は木製のハンガーですとか、下駄ですとか、それこそ野球のバットとかですね、ああいったものを加工…それこそ木そのものから加工するような仕事をやっていたと。
そこからだんだん、祖父が交通事故で死ぬ間際ぐらいに、合板も取り扱う、携わるようになっていって、今の社名になってる「特殊合板」につながってくるんですけど、その合板の表面になにか加工を施すという分野に進出していったという風に聞いております。

王  「特殊」というのはどういうことなんですか?

川口 一般的にJASという国の規格の中で、合板もその規格モノであるんですけど、「特殊合板」というのもJASの規格の中に農林水産省の中にありますね。一言で言うと、合板の素材の表面を何らかの加工をして、なにか違う機能をつけたモノという捉え方でいいのかな、と思っています。
我々が主にやっているのは、板状の合板の表面に何かを貼り合わせて、見た目を良くするとか別な機能をつけるとか。貼り合わせたり、あと色ですね。塗装というか。カラーリングをして、付加価値を上げるとか。そういった形で特殊合板という、「売れるもの」を作っています。

王  化粧板というのもありますよね。化粧板と特殊合板とは、どう違うんですか?

川口 化粧板というと、いわゆる合板…特殊合板も化粧板のくくりの一つだと思います。
化粧板は文字通り表面を、女性の化粧のように「お化粧した板」という意味で、合板という素材以外のものを含めて「化粧板」と呼んでます。それこそ木材の合板でなくて、例えばプラスチックの板の上になにか施しても化粧板ですし、ガラスですとか鉄板ですとか、我々もそういった分野に最近どんどん出てますけど。その他不燃材とかですね、我々の主力製品に今なってるんですけど、燃えにくい板。合板はどうしても木由来なんで、火を点けたら燃えますから、火に強い素材を板状にしたものに、表面加工を施しても化粧板といいます。

王  ところで学生時代、川口社長は、本当は何をやりたかったんですか?
川口(爆笑あって)その質問が来ると思ってませんでした。
私ですか? でもホントに、あの、正直ですね、自分の父親からは、まぁ父親も同じで、生まれて育てられながら父親は今の仕事をやっていたんですけど、父親からは「なにか好きなことをやれ」と。「この事業を引き継がなくていいぞ」と、どちらかというとそう言われて育ったんですよ。

王  なんででしょうね?

川口 私もなんとなくその気持ちが今になってわかるんですけど、やっぱり仕事をやってく上で、良いこともあれば、苦労も多かったんでしょうね。でまぁ「こんな苦労してやることがいい仕事じゃない」って、父親はそういう気持ちを常に思っていたという風に言ってますね。
ま、ただ今思えば、オーナー企業としての半分作戦もあったのかな、というのはあってですね。

王  (受けて笑う)

川口 父親はそうだったんですけど、実は母親とか、親戚もけっこう事業に関わってましたんです。私、兄弟が上に姉、下に弟がいて、長男になってしまうんで、「長男だから、いつかあなたが継ぐのよ」というようなのは、小さい頃からやっぱり言われてね。周りは「やらなきゃ、やるべきだ」と、そういった環境下で育てられてました。
そんな中で、自分でなにかやりたいことが見つかったら別なことをやりたいという思いもありました。大学時代は自分でビジネス、新しいビジネスをやっぱりなにか、やりたいな、という思いがあって。学生時代は、先程スポーツばっかりやってた、という話もしましたが、片方でなにか新しい仕事、自分の力で見出していくようなことをやりたいなと思っていました。仲間内とちょこちょこ学生なりに何かやったりもしたんですけどね。ただなかなか今どきのような、カッコいいビジネスの立ち上げにはつながらず、最終的に大学卒業する段階で、やっぱり自分の親がやってた仕事をやりたいな、と思う気持ちのほうが強くなっていって、で、こちらの道に進むことになりました。

王  何年前に事業継承を?

川口 大学を卒業して、他で会社員を少しの間やって、出戻るわけですけど、2001年ですからもう18年前ですか。で戻ってきてすぐ実は、代表を引き継がされました。

王  割と早く引き継ぎを。

川口 早かったです。実は戻ってきて1年以内に「すぐ代表を譲る」と言われてしまいまして、「いやちょっとさすがに」と私は思ってたんですけど、まぁ当時逃げられなくする作戦だったのかなという・・・・

王  現場には歳上の職人さんがいて、 大変だったんではないですか?。

川口 まさにそうです。当時、社員数、今よりは少なくて、50名程度の規模だったのですけど、私が社長になったときは、実は私が一番社歴が短くて若い人間だったんです。「どうせいつかやるんだから、早いか遅いかだけだろう」と。「早いほうがいい面もあるだろう」というふうに、最後の最後は説得されてですね、仕方なく受け入れてやることになったんですけど。
今でも「良かったのかな」と聞かれると、いい面も悪い面もあるんですけど、良かった面もやっぱりあると思います。若くしてね、そういう重責を与えられて、いろんな勉強もさせてもらえましたしね。この歳でそれだけの、年数なりの経験は積まさせていただけてました。そういった面では良かったと思っています。

王  先日、業績表、業績の推移を見せてもらったんですけど、非常に今、好調ですよね。

川口 そうですね。おかげさまで。環境というか、取引先さん…

王  どちらかというと今、個人住宅不動産は動きが鈍いと聞いていますが。

川口 そうですね。住宅関係はあまり先行きを見てもね、どうしても国内のマーケットだけだと…我々住宅以外の分野もやってるんですけど、基本国内市場ですから、そういう中でやっていこうとすると、なかなか、どんどん拡大とかですね、バラ色の画
は描きにくいのかな、と思ってますけどね。
そんな中で、我々は中小企業なんで、日本中すべてを相手にしてるわけでは無いところでやってますので、強みを生かしてそこを認めてもらって、おかげさまで良い状態に今、ここ数年推移できてるのかな、と思っています。

王  今おっしゃった「強み」とはどんなところなんですか?

川口 我々は作るところ、製造に徹していまして、具体的なところでは何かと何かを貼り合わせるとか、なにか着色、カラーリングをして付加価値を上げていくという実際作業をしているところが中心になってくるんですけど、そういった技術をとにかく、自ら高めるというところに注力して、そこの技術力、「生産技術力」と我々は呼んでますけど、そういうところを周りのお客様に評価いただけてるのではないかな、と。あと、この業態の中で、創業から70年以上経ってるので、70年間やってきてる実績を業界でも評価していただいているのかなと思います。例えば品質面ですとか、安心感を持ってお取引いただけてるところが強みなのかな、と思います。

王  先日ちょっと別のほうから聞いたのですが、いま年商80億円くらいあるんですよね。

川口 はい、そうですね。80億円弱ですね。

王  しかし従業員が80人しかいないのですか

川口 はい、そうですね。

王  これはちょっと、正直申し上げて、IT企業はあるかもしれないですけど、すごいことですね。
公表して大丈夫ですか?

川口 ああ大丈夫です。

王  労働生産性が非常に高い会社という…

川口 まぁ、売上ベースで見るとたしかに、おっしゃる通りです。我々のような一般的な中小企業の製造業からすると、王さんがおっしゃられたように、驚かれる側面もあるかな、と思うんですけど、たまたま我々が取り扱ってるものが、単価が高いといいますか、価格が高いモノを、量産型で多く、一人あたりの人間が生み出す。そこに我々の技術力を持って注力しているというところもあります。そういったことが数字上にも表れてくるところはありますね、確かに。

王  非常にこだわりを持って作られてる、ということですね。

川口 そうですね。我々のアイデア、技術力をもって、少ない人数、同じ人数で多くのものを生み出すところに注力してきました。そこが結果として一人あたりの売上高、というところを見ると、まぁ、何と比べるかにもよりますけど、少し驚かられるような額になる側面もあるのかなと思います。

王  少しどころかたいへん驚きました。
いま、特にメーカー関係とか一般の会社でそこまではなかなかないですよね。

川口 そうですか。機械化とか合理化とかですね、そういう技術を持ってやってきた。それが数字に反映されてるところもあるでしょうね。

王  「ものづくりで一番大切にしていることはなんですか?」と聞かれたら一言でいうとどんなことでしょうか?

川口 常にそうだと思ってるんですけど、いかにモノをお使いいただく方のニーズを捉えて、それにほんとに応えていくか。それが時代によっても環境によってもどんどん
変わってくるので、その変化にいかについていって、応えていくかだと思っています。で、その求められる内容は千差万別なんですね。場合によってホントに低価格な、価格重視なものを求められるお客様も見えますし、そうではなくて、ホントに非常にこだわりのモノ、付加価値がついたもの、多種多様な機能がついたものを求められる、というパターンもあるのです。お客様が、ホントに何を求めてるのかを的確に捉えて、それにしっかりと対応してく、スピード感を持って、ということが一番重要だと思います。

王  でも当然、全部期限があるんですよね。

川口 そうですね。市場というかお客さんに待ってもらえないので、限られた時間、もっというと限られた資金の中で、知恵を絞って、そこに対応していくことが求められます。

王  それだけの生産性の高い経営・・・川口社長は経営の中で、一番心がけてるところってどんなことですか?

川口 やはり、「何のために本当にビジネス、事業をやってるのか」、というところでしょうけど、我々はこういう製造加工業をやってますけど、それによって、端的にいうといかに「世のため人のため」ではないですけど、社会に貢献できるか、人を幸せにできるか、というところに尽きるのかな、と思っています。
我々のものづくりを通じて、いかにほんとに社会生活を少しでも良くして、幸せにできるか。我々はこういう住環境とか建築に携わってますので、我々が携わって作り上げるモノで、いかに人に幸福度を与えて幸せにしていくか、そこにつなげていくのが経営だと思っています。

王  従業員の生活まで含めたところを非常に大切にされてる気がするんですけど、なにか社長の思いがあるんですか?

対談

川口 本当にモノづくりとは結局、機械関係を使って作っていく要素もあるんですけど、最終的には人が作ってることには変わりないと思ってるんです。モノづくりに携わる人間が、自分がモノづくりをすることで、幸せになってるという実感を持って仕事をしてもらわないと、嫌々モノづくりをしている人間が作るモノで、社会やお客さんを幸せにはできないと、私は思っています。
だからまずはその、働く人間の、環境面ですとか待遇面ですとかを中心に、いかに仕事によって満足を得る環境を整えるか、というところは一番最初に考えなければいけないと思ってるんで、そうやって来たつもりですし、まだまだ100%当然達成できてないと思いますので、今後もどんどん改善していきたいと思っています。

王  ところで退職金ってあるんですか?

川口 ありますあります。(笑い)
まぁあの…大手企業さんと比べてどうか、というのはありますけどね。
用意はしています。
最近の会社は、もう給料の中に入ってるとかね、そういう枠組みが多くなってますよね。我々は70年前からありますので。そういうところは昔ながらの日本的な要素も残してはいますね。

王  退職金があると無いとでは天と地の差ですね、と思います。今の若い人たちが、みんな退職金のない会社に行って、50年後に絶対みんな後悔すると思うんですよ。
だって年金がヘタするとなくなりますもんね。
今の若い人が、50年後になって「辞めま~す」という時に、ゼロ円でやめるというのは大変だなぁと、つくづく思いますよ。

川口 今の若い方だとねぇ、あとで貰えるぐらいだったら先くれっていう…

王  感じなんですかね?

王  ところで大学の商学部の勉強って役立ってますか?
川口(受けて笑いあって)そうですね、直接的にどこまで役立ってるか、というところは、まぁ未知数なところもあるんですけど、でもホントに大局の面では、いまでも役立ってるなと。学問以外のところも含めて、いろんなこと勉強させてもらった。大学以外でも。
そういう点ではビジネスに活きてる、とは思ってます。(笑い)

王  私はあの…同じ商学部なんですけど…

川口 どうですか?

王  ほとんど活きていません(笑)

川口 そうですか!

王  ええ、私実は、珠算1級、簿記特級の免状を持ってるんですよ。

川口 それはすごいですね。

王  しかし全部、全く、180度違う世界なのでほとんど役立ってないです(笑い)

川口 まぁでも、ビジネス的な発想が、いろんなところで発揮されているのではありませんか。

王  そういう意味ではそうですね。ありがとうございます。
長くテレビ局にいたのですけど、そのときに例えばドラッカーとか、アルビン・トフラーとか、トム・ピーターズとか、先端をゆく経済学者・マーケッターの本は大好きで、「そういうのを映像化出来ないかなぁ」とず~っと考えてましたけど、なかなかやはり、視聴率競争のテレビ局の中で、そういう番組をやるのがありえないんで。結局実現はできなかったんですけど。

川口 王さんは、モノ・コトを作っている時の、大切にしていることとかこだわりはあるんですか?

王  私の場合、番組とかイベントに関して言えば、一番大変なのは毎週違うものを作っていく、ということです。

川口 それ大変ですね。

王  毎回ゼロから作ります。

川口 ええ!?(笑)

王  基本ベースはできてるんですけども、毎週違うものを作っていく、新しいものを生み出していく、というのが宿命です。新しいものを作っていかない限りはお客さん、つまり視聴者から見捨てられてしまうので。ローテーションが一番大変だということと、常に新しいもの、常に世の中にないものを目指してるんです。
なので私の一番大事にしていることというのは、
「今までにない、これまでにない、他にない」という「3ない」というのを絶対的に心がけています。企画とかコトとかモノを作るときに、「コレって他にやってないよね」というふうなことを確認していくんです。

川口 そうなんですね。

王  だからスタッフが…・・おそらく商品もそうだと思うんですけど、「隣の町で売ってますよ」と言ったらやはり、同じものを作ったってあまり意味ないですよね。同じようなことで、他の局でやってるようなことを「似たよ~なことなんだけどちょっと手の先変える程度」みたいなことをやってもイノベーションは絶対起きませんよね。常に、「過去にないもの、他にないもの、見たことないもの」というものを追求してました。ということは敵も多く、壁も沢山有ったということなんですけどね。

川口 でもその世界でずっとやってこられたというのは正直、想像を絶する世界だなぁ。我々もモノづくりで同じように「今までにない、これまでにない、他にない」というものを生み出していかなければならないんですけど、サイクルがまるで違うと思うんですよ。そこにはじっくり時間かけて、考える時間がまだ与えられる、それでもスピード感が重要だ、と言われるくらいなんですけど、毎週毎週なんていうところでずっとやるのはね。私には到底できないな、と思ってしまいますけどね。

王  一番の敵はやっぱり「既成概念」ですね。

川口 なるほど、そうですか。

王  周りには全員「既成概念の権現様」が、360度囲まれてますんで、そこで突拍子もないことを言うと、「理解できない」と言われてしまう。
ただ、やったことによって、成功しますとね、そうするとやっぱり・・・・
成功するってことと、もう一つは例えばそれが何らかのマネタイズができて、儲けがあったと、いうことになってくると、やっぱり上層部も関心を示してくれる、という感じとの闘いですね。(笑)

川口 それはでもなかなか…

王  なので、いつも辞表を持ってましたよ。
川口(笑)

王  「どっち取る?」という。つまり、企画をとりやめるのであれば、辞表を取ることになるし、という闘いをず~っとやってきたんですけどね。

王  あの~ 合板の製品って、具体的な建造物のどう言う所に使われているんですか?

川口 6割くらいがいま住宅関連製品で使われてて、残り4割くらいが住宅以外のところなんですけど、住宅の中ですと、主に一般の人が住んでる住居の床ですとか、形変えられてドアですとか天井に使われています。結構それはボリュームゾーンになってくるんで、一般的な住宅の様々な住宅メーカーさんに使われてます。数字でいうと年間で我々が作ってる床の量というのは、計算すると東京ドーム50個分以上くらいの面積なんですね。なかなか想像しづらいかもしれませんけど、住宅の戸数でいうとだいたい3万5~6千棟くらい、1年間。それでも、日本全体から見ると、日本の着工数でいうと、いま90万戸とかそれくらいですから。
床材だとそれくらい。
であと住宅で、我々のモノが使われるメインのところでいうとドアがあるんですね。ドア用の化粧板というものがあって・・・・1枚のドアで1本…「本」で数えるんですね。年間35万本から40万本くらいのドアを毎年作ってる勘定になります。それが住宅関係です。
あと住宅以外でいうと、一般の建築物、オフィスビルの天井や壁、お手洗い近辺に
よく使われるんですけど、著名なところにも多く使われたり、ランドマーク的なところだと、東京地区だったら例えばスカイツリーの、トイレまわりなんかに使われていたりとかです。あと多いのは駅とか空港とか、公共の交通機関なんか多いですね。東京駅のコンコースの壁なんかにも結構使われていたりしますし。

王  それはあの…

川口 不燃材のほうですね、それは。合板のほうではなくてですね。
公共建築物だと火災に強くなければいけないので。燃えてはいけないという規制があるんですね。その基準に合致した不燃材のものになるんですけど。東京駅ですとか、成田空港や羽田空港にもかなり使われていたりもします。新幹線の駅系には非常に多く使われてますね。

王  不燃材というのは加工することによって、不燃になるんですか?

川口 いいえ、どちらかと言ったら素材そのものが火災に強い素材を使いながら、更に見栄えを良くしなければならないんですね。我々の付加価値をつけるところとしては。その見栄えを良くするところでは、どうしても燃える素材、例えばイメージでいうと、カラーリング、色を着色するといったペンキのようなものになるんですけど、ああいったペンキという素材は全部燃えやすいのですね。可燃物になります。それをいかに燃えない素材の上に国の基準で「これ以上燃えてはいけない」という規格があるんですけど、それに合致するような範疇で装飾をするというところが技術力の見せ所になってきます。

王  レゴランドにも有るとか…

川口 はいレゴランド。我々の地元のほうですと。
レゴランドはお手洗いです。トイレ付近、天井材なんかにも使われたりしています。地元だとその他、名古屋駅や中部国際空港なんかにも使われたりしています。

対談

王  今まで、仕事で何か、がけっぷちに立たされたことは有りますか?

川口 これお恥ずかしい話なんですけど、以前、我々の納めたもので、少~し不具合があるよって言われまして、現場に取り付け終わってからですね。九州のある公的機関の建物なんです。
そこに不燃材を大量に納めたことがあったんです。ところが納めて取り付けが終わってからですね、若干表面に変なものが見えるという指摘を受けまして。品物的には、全く機能上の問題はないんですけど、見た目があまり良くないという指摘なんですね。
で、ゼネコンさんから文句を言われたんですよ。「見た目が良くない」と。「施主が言ってる」と(笑)。でも「モノ的には、別に問題があるものではないんですよ」と詰めたんですけど、「どうしても、施主が言ってるから引っ込みがつかん」と「なんとかしろ」となってですね、しょうがないので「ご協力」という形だったですけど、とにかく工期がないんですよね、その段階で。
「一週間でとにかく全部、現地で塗り直してくれ」という話なんですね。
一週間で現地で、特殊な塗装なんで、やれる職人さんがなかなか居ないわけですよ、全国的にも。とにかく手当たり次第、いろんなツテを使って、九州地区中心に探して、そこだけでは足りなかったんで、東京や中部圏からも職人さんを呼び寄せて、まぁナントカカントカ一週間がかりで泊まり込みで私もずっと九州に居ました。

王  でもそれって成し遂げたときの感動は…どうでしたか?

川口 個人的には当然、自分自身の達成感もありましたけど、それに対応して間に入っていた直接的なお客さんからはものすごい評価をしてもらいました。

王  そうですよね。

川口 以後、そのお客さんからは常に我々に仕事をですね、発注を頂けるようになったという、逆のメリットもあったと思ってます。

王  そういうのは全てに共通するところですよね。困難があると、逆にそれをやり遂げたときに、周りからの評価が上がりますね、完成して「1」なのが、「10」とか「100」で評価してくれるというケースが多いですよね。

川口 ありますよね、技術的な開発でもそうなんですけど、社内でよく言ってるのは、ハードルは常にお客さんから用意されるんですけど、高ければ高いほどいい、という風に思っております。当然乗り越えるのは大変になってくるんですけど、ひとたび乗り越えるとですね、後から乗り越えるのは絶対大変なもんですから、ついてこなくなりますよね。競合他社が。
なので、乗り越えたことによって王さんも言われた通り、お客さんの評価は圧倒的に高まるんでね。乗り越える壁が高ければ高いほど、競争相手がどんどん少なくなってくる。そういう印象を持ってますね。

王  仕事でおそらく新卒の人たちもそういう、壁にぶつかったときにどうやって超えていくかというのはよくセミナーでも、話すんですけどね。

川口 そこでやっぱり、人間性っていうか、出ますよね。おそらく。
そこに強い人間が、やっぱり欲しいって思ってしまうんですね。
でも、どうやって見極めればいいんだろう。(笑)
教育で育ってほしいですね。

王  私は壁が大きいと、跳ね返えされてしまうので。そこで精神的につらくなってしまうので、いかにして壁を・・・

川口 かわすか。

王  向きをかわすかとかね(笑)

川口 横に穴を掘りつけるとかね。

王  それも大事ですよね。

川口 むりやり飛び越える必要はないだろうとかね。

王  回り込むとか。

川口 そういう、やっぱりその…発想の転換というかね、まぁホント、アイデアでいろんなことをモノづくりできるのですよね。

王  ですよね。

川口 ほんとにあの、王さん言われたみたいに「ないモノをどう生み出すか」っていう。そこは通じるものがありますね。

王  私いろいろお話を伺ったうち、萬代さんを例えると・・・
「羊の皮を被った狼」。これ車のビーエムダブリュ(=BMW)の表現と同じなんですよ。
外見は大人しそうに見えるんだけど、いざアクセル踏むと、狼のように速いという。
一見地味なんだけど中味はすごい。なんかそんなイメージがします。

対談

川口 王さんは崖っぷちに立たされたことはありますか

王  私なんかも実は沢山あります。
自分が内容に納得できないままで取材班が海外ロケに行きたいって言うんで「どうしようかな、どうしようかな」と迷ってるうちに行ってしまったんです。私の中では「これでは絶対ダメだろうな」「うまく撮れないだろうな」と思っていたんですけど、スタッフが帰ってきて、中身見たらやっぱり良くないんですよ。それで「困ったなどうしようかな」って迷っているうちにスタッフはどんどんどんどん編集をして、どんどん工程を先に進めて行ってしまったんですね。

川口 王さんは迷っていたのですか?

王  はい。それで一番最後の、いよいよ放送の一週間くらい前に、苦渋の決断で、私がやっぱり「これ、放送したくない」と。「放送できない」と。このクォリティの程度では。

川口 えー?

王  と言って。結局放送は取りやめました。

川口 そこからは? そこからどう…

王  謝りまくりました。出演者に謝りに行って「ギャラは全部払います」と。「制作費も全部出します」。で「大変申し訳ないですけど、この1本の海外取材の番組に関しては、今回は放送を見送らせてください」ということで、頭を下げまくって。で、お金は全部出して。私の持っている予算から出して。当時のですね、400万円だったんです。
400万円を無駄にしてしまったんです。
責任問題なんですけども、「もっと早く決断すればよかったなぁ」と反省しつつも、ど~しても、半分「情」がやっぱりありますんでね。「皆一生懸命やってるしな~」とか(笑)。「でもこのまま放送したら一気に評判落ちるかもしれないなぁ」「評判落としたら挽回は厳しいし」ということで迷いに迷って結局放送直前になって、決断してやめました。
そうしましたらですね、さっきの川口社長の話と同じなんですけど、逆の評判が出たんですよね。つまり「え、王さん何あれ、1本ボツにしたの?」「ということは400万お金をムダにしたの?」「そこまでやるか」「あの番組はスゴい!」というふうに評判になったんですよ。周りが勝手に。周りというか他の局の人も含めて、「あの番組はスゴい!」「王さんというプロデューサーは何者だ?」ていう(笑)

川口 それだけこだわってやってんだな、という・・・

王  ええ、こだわりぬいてやっていました。
但し、そこから400万円のマイナスをどこで帳尻合わして埋めて行くか、地獄が待っていたんですけどね。
だから、先ほど、川口社長が九州へ出かけていって、冷や汗と本物の汗をかいてという・・・その汗というのはやはり、最終的には結実に結びついたのだと思います。
まぁちょっと私の方の話ばかりで申し訳ないですけど、「ドミノ倒し」って見たことありますか?

川口 ありますあります。

王  フジテレビのドミノ倒し企画は、すべて私がプロデュース演出したんです。

川口 あ、そうなんですか。

王  一般からドミノを立てる人を募集するんです。一晩24時間で、徹夜でドミノを立てるわけですね。そこには表に出ない人間ドラマがいっぱいあるんです。
ちょっと知人に頼まれた娘の女の子が居て、一晩一緒にやらせてほしいと。私も人が欲しいものですから、軽く「いいですよ」と言ってポッとスタッフに入れたんですよ。で、作業を始めてもらったんですけど、10分作業して1時間休むんですよ。普通逆ですよね。1時間作業して10分か15分休むのが普通なのに、その子は10分作業したら1時間くらい休憩するわけです。周りの人がドーッと、シラケてしまって。

川口 (笑い)
さぁ困ったな~と。その子は一貫してふてくされてるわけです。
「何でアタシがこんなことやらなきゃいけないのよ」っていう感じで、ブツブツ文句言いながらず~っと作業してるわけです。さぁ困ったな、と。私もそういう場面に当たると鍛えられるんですよね、逆に。
自然と鍛えられて「なんとかしてこの子にやる気を起こさせるためにはどうしたらいいのかな」と、悩みました。そうこうするうちに、まぁなんだかんだいいながら少しでき上がってきたんです。5メートルくらい。
少しできてきたので、「じゃあ倒してみようか」と言ったんです。そしたらその子が「なんで今倒すのよ、今倒しちゃったら、また作り直さなきゃならないじゃないですか」と言って食って掛かられて。「いや、でも、もし生放送の本番でコレが繋がらなかったら、君の作ったところでもしドミノが止まっちゃったらず~っとこの先も全部止まっちうんですよ、日本全国にその止まったのをね、生放送されちゃうよ、それでも君はいいんですか」って半分脅かしたんですよ。それで「え~~~」と言いながら本人は不満そうにしてたんですけど、「だから今のうちにこのやってることが正しいかどうかを1回テストしたほうが絶対いいから」と口説いて、で「わかりましたー」とまたふてくされて。(笑)
「じゃ自分で倒してご覧」「え!?アタシが倒すんですかぁ?」って(笑)。
「自分が立てたんだから、自分で倒しなさい」と言って、そしてふてくされながらもコッと倒してもらったんです。
そしたら、ホントわずかな小さな距離ですけど、うまく成功したんですよ。
そしたら周りにいた人たちがみんな一斉に拍手したんですね。
そこからガラッと変わりました。その女の子の態度が。

川口 はぁ(感心)

王  急に変わって、やる気になって、1時間作業して10分休むようになりました(笑)。
それで全~部終わって、次の日24時間ですから、立てて立てて、無事成功して生放送が終わって、一番泣いてたのがその子でした。
グワ~って涙流してね。こちらも少しウルルンと来ましたけど・・
ま、だから、そういう子ほどこちら側も鍛えられる。

川口 (感心)それは大変でしたね。人それぞれ、やっぱり生きてきた環境も価値観も違うんでね。その辺は難しいかじ取りですね。

王  あの川口社長は、どういう経営者になりたいですか?

川口 う~ん、どんな経営者ですか… 事業をやってる目的でもありますけどね、自分が
事業を通じて、携わる人、世界をホント幸せにできる経営者、になりたいな、という風に純粋に思いますよね。それをやれるからこそ、経営者なんだ、という思いで。そればかり考えてるって言っても過言ではないですね。

王  合板の事業って、マーケット的にはこれから広がるもんなんですか?

川口 合板そのものの持っている特性は、直近でも再評価されたりもしてます。いい特性をもってるんでね。木材も循環型の社会というか、ライフサイクルにも当てはまりますのでね、いろんな可能性があると思います。
我々も合板以外にも広く化粧板という領域でいけば、どんどん世の中のライフスタイルが変わる中、見た目を良くするのが、いちばん基本的な装飾というところが付加価値の見せどころなんですけど、プラスやはり、追加して機能も求められるんですよね。そこで、安全性だとか快適性だとか、そういう機能を付加した合板、特殊合板であったり、化粧板というものがね、どんどん、時代のニーズと共に、変わって、新しいものをより、いいものが求められるというのは今後も続くと思ってます。

王  あのそういうマーケットの環境で・・・萬代さんの事業領域が増えるみたいな、そういう構想というのはないんですか?

川口 常に我々も、今自分たちでやってることだけ、その領域だけやっていきたいと思ってるわけではなくて、新しい分野になにか挑戦する機会があったり、そういうきっかけがあったら、やりたいとは常に思っています。
なにかきっかけがあって、今やってる何か我々が携わってることが少しでも生かせれる技術などがあれば、どんどん積極的にやっていきたいと、常に思っています。

王  社長自身は、事業欲というのは強くあるんですか?

川口 う~ん、事業欲ですか… いたずらにどんどん拡大させたいという願望はないんですけど、やっぱり一番最初に言ったみたいに、いかに私達自身の力で他の人を幸せにするか、社会に貢献できるか、というところを求めていきたいと常に思ってるんです。

王  これだけ業績がしっかり、「いい」っていう言い方よりもおそらく「しっかりしてる」というふうな言い方の表現がピッタリかなと思うんですけど、M&Aの話とか持ち込まれないですか?

川口 ああ、実はたまにあります。

王  たまにある? やっぱり。(笑)

川口 これはあの、オープンにできないんですけど。
やはり、より我々の会社を強くしながら、より社会貢献もできて、従業員のためにもなるような、そういったM&Aであれば、積極的に我々もやっていきたい、チャレンジしていきたいと思ってますね。

王  すごい楽しみですね。
今例えば飲食業とかでも、非常に調子が良いのにお店が増やせないという会社がいっぱいあるんですね。で「なぜ増やせないのですか」と訊くと、「人がいない」と言うんですよ。
川口社長の時代もそうだと思うんですけど、我々の就職の頃も、僕らはいかにして会社に就職できるかどうか、というくらいの危機感の中でやってたのに、いま全く逆で、「会社が選ばれる時代」なってきているんですけど、いま丁度、萬代さんが新卒採用をされていて、来てほし人材いうのはどういう学生さんに来てほしいですか?

川口 我々はモノづくりをベースとしてやってる企業なんで、モノづくりを通じて社会貢献してくというところが基本スタンスになります。
で、若い方に求めるところっていうと、何事も前向きに捉えてですね、とにかくモノづくり、我々のやってるところだと、いろいろ、取引先から無理難題も有ったり、世の中にないものを作っていかなければいけないっていう使命があるので、こう無理難題を持ち込まれる中で、いかにそこに挑戦して壁を乗り越えていくかっていうことが求められるところなんですけど、何事もホントに前向きに捉えて、粘り強く諦めない、でチャレンジし続けることができる人。モノづくりを通じて、やってくことに賛同してもらえる人、そういうことになりますかね、一番は。

王  マネジメント系をやりたい人はどうなんですか?

川口 いいですね。人が携わってモノを作っていくわけですから、自分自身でモノづくりしたいっていう人もちろん必要なんですけど、そういった人を育てられる、まとめ上げられる、組織として機能させられるっていうことが最終的にやっぱり、求められるわけで、最終的にそういうことができる人、そういうことをやりたいという人にぜひ、来ていただきたいと思っています。

王  ハッキリ言うと「幹部候補生」ですか?

川口 そうです。最終的にそういった、人の上に立って、人を動かす、立場になって貰える人、そういう人が必要です。

王  今の学生さんがうらやましいです

川口 この日本でやってく以上、人もどんどん限られてくるというのはわかってることなので。そこを我々は製造業ですので逆に言うと機械を中心としたIOTではないですけど、そういったもので工夫して代替させることはいくらでもできると思ってます。そういったところでも知恵を使って、技術革新しながらやってくことが求められることになります。ま、それもやはり、やるのは人間なんで。そういうクリエイティブな発想も必要ですし、粘り強い、諦めない心で、チャレンジしてもらえる方が重要かなと思います。

王  学部としてはどうですか? どういう…

川口 う~ん、そうですね。モノづくりなんで、一般的には理系的な要素が必要かと思われるかもしれませんが、もちろんそういった工学部系とか、モノをつくるのに適した、理系的な要素の人もマッチしますけど、文系の方であっても「モノづくりが好きだよ」と思ってもらえる人であれば、全く学部問わずにどこでもいけるのではないかと。私自身も文系学部ですしね。

王  私は文系からテレビ局でした。最初になるのはADです、肩書はかっこいいですが
要はアシスタントで雑用係りで、使い走りです。一番つらい時期なわけです。
私はいつも若い子たちに言うことがありまして「出世する最も早い道がある」と、

川口 ほう、それはどんな道ですか?

王  みんなが嫌がる仕事をやる

川口 なるほど

王  みんなが逃げてしまう仕事をあえて黙々とやると、上の人間は必ず見ています。
そうすると「あいつに今度のロケを任せてみようか」というふうになります。

川口 確かにそれは絶対ありますよね。みんなが避けてやりたがらないことにチャレンジすることってね。上手く行けばそれは素晴らしいですし、上手く行かなくてもね、
その努力というか、積極性は買えますしね…

王  川口社長の夢というかビジョンは?

川口 愚直にモノづくりを通じて、この事業を通じて、関わる人を、いかに幸せにして社会に貢献してくか、そこに尽きるかなと思います。
で、その中で、モノづくりでそれを達成してくので、世の中にないもの、世の中にはなかったものを何か生み出していきたいな、と。
我々でしかできなかったことを、一個一個、小さいことでもいいんですけどね、成し遂げていきたいと思っています。

王  それは、先ほど言いました、3つの無い「今までにない・他にない・見たことない」に通じるものがありますね。

川口 そうですよね。ホントにそういった意味では、王さんがやられてきたことと、分野は違いますけどね、通じるところはあるかなと。「他の人がやってなかったことを我々が一番最初にやったんだよ」、と。「つくりあげたんだよ」というのは、自己満足になってしまうかもしれませんけど、成し遂げたなぁっという達成感もあるでしょうし、それが一緒にモノづくりする社員にも、喜びとなって幸せにも繋がってくと思います。

王  将来、株公開などというのは考えていますか?

川口 いや、今時点、そういう事は考えてきてはなかったんですけど、それがホントに従業員の方、社員の方の幸せに繋がるんであれば、それを目指すべき目標になるとは思ってますし、社会にとってどれだけ有意義になるかどうかはわからないですけど、それがホントに私が求めるところに繋がってくるのであれば、選択肢の一つとしては十分あり得ると思います。

王  上場すると、どうしても利益利益みたいなところがあるし、でも片方では資金がドーンと入ってくるし・・・。

川口 一般的な大手企業さんが皆さんそうだとは言いませんけど、そういう株主の方ばっかり見た経営をしなければならないような公開だったら私は避けたいとは思ってます。ただホントに、株主さんも含めてですけど、社員ですとか取引先、お客様、すべてが幸せになるような株式公開だったら、それはもう十分ありだと思っています。

王  それは楽しみですね。
将来の夢が聴けたところで、そろそろ時間が来ました。
本日は実になる話を沢山ありがとうございました。

川口 こちらこそ楽しかったです。ありがとうございました。                

対談

終わり